はじめまして、きゃろたまです。
日本史は中学卒業までに必ず勉強する科目です。
でも、実際にあなたが生まれ育った街で、どんなことがあったのか、わかりますか?
多くの人は、教科書に載っている時代に、自分が生まれ育ったところでどんな出来事があったか、わからないことが多いのではないでしょうか?
わたしも織田信長が活躍した時代、和歌山でどんなことが起こってどんな人がいたか、本気になって調べるまでわかりませんでした。
戦国時代の和歌山について箇条書きにまとめてみると、
- 応仁の乱による守護畠山家の相続争いの影響で、紀州でも政長派と義就派に分かれて戦争があった。
- 高野山や根来寺といった宗教勢力が強く、とくに根来寺は軍事に長けていた。
- 種子島に鉄砲が伝来した直後、津田算長(つだかずなが)がそのうちの1丁を買って、根来でつくらせた。
- 和歌山市・海南市一帯に「雑賀衆」と呼ばれる小領主の集団があって、話し合いによって地域の決めごとをしていた。
- 湯河氏、玉置氏、山本氏は奉公衆といわれる室町幕府の直属部隊だった。
- 織田信長の軍勢も、豊臣秀吉の軍勢も和歌山に攻めてきた。
ざっとこんな感じです。
どうでしょうか?みなさん、知っていましたか?
このサイトでは、中学・高校生が読んでわかりやすい文章を心がけるとともに、専門性にもこたえるため、できるだけ良質な史料を使いながら解説していきます。
また将来の論文執筆のための論考も書いていきます。
このサイトを運営していくにあたって、自己紹介を。
きゃろたま
普段はペットうさぎの用品販売をしています。
ときどき、インターネットやSNSのアドバイザー的なこともしています。
わたしが和歌山の歴史について調べ始めたのは高校2年生から
小学生高学年のとき『マンガ日本の歴史』を休み時間によく読んでいました。
止めは大河ドラマ「独眼竜政宗」を見て、すっかり戦国時代に魅せられることに。
ただ疑問だったのは「あれ?和歌山の戦国大名は?誰?いないの?」ってことでした。
高校2年生のときに、部員がいなくなった「社研部」という部に入ることになり、そこで顧問の先生に頼み込んで、地元の歴史を部の活動として認めてもらいました。
「社研部」ってよく「車検部」ってからかわれたのはいい想い出です。
正式な名称は「社会科学研究部」だったらしく、入部のとき、顧問の先生に、社研部とは人間生活全般にかかわる問題を研究する部とのことでした。
もうひとつ、今も和歌山県で城跡の調査研究をしているサークル「和歌山城郭調査研究会」にもご縁があって入ることができました。
でも歴史系の学部には進学しなかった
歴史研究に没頭したわたしですが、大学は歴史系学部へは進学しませんでした。
歴史系の職業に就くことは、非常に狭き門であったことが最大の理由です。
歴史系の職業でよく知られているのはこの4つ。
・博物館の学芸員
・発掘調査員
・大学の研究職
・小中高の教員
この4つの職業は、毎年採用があるわけではありません。
なので運を天に任せることは高校生当時、金銭的にも時間的にもきつかったのです。
そこで思い浮かんだのは「公務員一般職で採用されて休みの日に研究に没頭する」「観光、文化財関係の部署に配属される」という生き方です。
実際、歴史を研究している人のなかには、歴史系の専門職に就いていない人も多くいらっしゃいます。
なので勉強の仕方次第では、十分成果を残すことができると思い、公務員になりたいと思いました。
大学時代は学内サーバーを借りてお城巡りのホームページを作る
学費も安いし、公務員への就職が有利ということもあって和歌山大学経済学部に入学しました。
大学では、学生ひとりひとりにメールアドレスをもらうことができて自由に使える領域があったので、学内のサーバーを利用して、お城巡りのホームページをつくりました。
ホームページ作成ソフトはまだなくって、htmlのコードを調べながらイチからコツコツと作っていくのは、結構骨が折れました。大学でホームページを作った経験は、自営業をやっている今でも欠かせないスキルになっています。
ちなみにわたしが大学生だった1990年代にはまだTwitterやFacebookなどのSNSがなく、ネットでの交流は、会員制のメール配信サービス「メーリングリスト」が主でした。
夏休みになると、周遊きっぷを買って夜行列車に乗って全国各地の城跡めぐりに出かけました。
学費も安く自宅から大学へ通っていたこともあって、若干のバイトと両親や祖父母からのこづかいで城跡めぐりに没頭しました。
無事に公務員になったけど病んでしまった
大学卒業後、運よくすぐに県職員に採用されて、就職で苦労することはないかと思いきや…。
就職して5年たったくらいから、体調を崩してしまい、歴史研究もできなくなってしまいました。
そして、2008年12月末で公務員を辞めることに…。
公務員を辞めるときに考えたんですが、「歴史でメシを食うってやっぱり難しくないか?」ということ。
なのでまずは自分ができることから始めようというわけで、和歌山で唯一のペットのうさぎ用品を扱う専門店「キャロットハウス」を開業しました。
インターネットの普及で歴史系職業の幅も増えた
ここ2,3年で歴史系WEBメディアが増え、「歴史を題材にマネタイズする」方法も増えてきました。
マネタイズとは「収益化」すること。
つまりは、「好きなことや得意分野にかかわりながら仕事をする」ことをいいます。
わたしが大学生だった20年前に比べて、歴史系の職業の幅が増えました。
「本能寺の変」という動画で有名になったYouTuber、歴史アイドルに、歴史ライター。
インターネットを使って、歴史を題材に表現する人が増えてきました。
ただ、地域の歴史研究では、後続の研究者が育たない、研究者が高齢により引退したりと課題も多くあるように思います。
また行政の財政難や行財政改革により、博物館や美術館が指定管理者よる運営になった場合、専門職である学芸員が公務員でなくなる可能性もあり、そうなると収入も非常に不安定になります。
また「歴史にかかわる仕事をしたい」と思っている方のモデルになれればと思っています。
歴史研究もうさぎも順位が付けられないくらいどちらも大事
わたし、本職でペット関係とりわけ「うさぎ」を専門分野にしているのですが、歴史の研究もわたしにとっては大事なライフワークのひとつです。
一度きりの人生なので、好きなことを仕事につなげていければなと思っています。
このホームページで書いている記事は個人的な意見です
このブログでの記載について、所属する歴史団体、学会とはかかわりなく、個人の活動をしていくうえでの意見です。
また写真、文章等の無断転載はお断りしております。